小山久美   
Kumi Oyama

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1965年に故・太刀川瑠璃子により設立されたスターダンサーズ・バレエ団は、当初からすぐれた現代作品の上演を活動の柱としてきた。アントニー・チューダー、クルト・ヨース、ジョージ・バランシン、ウィリアム・フォーサイスらの作品、そして芸術監督である鈴木稔のオリジナル・バレエ等からなるレパートリーは、名作とは上演のたびに魅力を増すものだといつも感じさせてくれる。2003年に太刀川から総監督を引き継いだ、同団の元バレリーナで太刀川の姪でもある小山久美に、コロナ禍での活動、監督としてのあり方等について、お話をうかがった。(長野由紀)

昨年3月に再演が予定されていたDance Speaksアンコール公演(『ウェスタン・シンフォニー』、『緑のテーブル』)、今年3月のDiversity(『ステップ・テクスト』『火の柱』『ウェスタン・シンフォニー』)など、上演なさるミックス・プログラムの明確なテーマ性と、それぞれの作品が引き立てあう組み合わせにいつも唸らされます。レパートリーや上演作品は、どのような基準で選んでおられるのですか?
レパートリーに関しては、やはり太刀川が残してくれたものが大きいですね。昔、赤字を抱えることもいとわずやり続けてきた作品を引き継いだのはラッキーです。また、鈴木を座付き振付家という形でもっているのも、大きいですね。目的に見合った作品を作れることは、委託公演が増えてきた要因の一つでもあります。
年間の公演数は40〜60回。作品の組み合わせは、経費、お客様の視点、ダンサーが踊りたいだけでなく彼らを成長させるもの、というように公演単位、年間単位で考えることがたくさんありますが、「今いるダンサーが活かされるもの」、つまり作品のよさとダンサーの個性で相乗効果が出るだろうか、ということを、重視しています。

相乗効果といえば、2019年の『緑のテーブル』は「死」役の池田武志さんをはじめとして、まさに適役というダンサーが揃った忘れがたい名演でした。
これを話すと水を差すようで申し訳ないのですけど(笑)、このときの『緑のテーブル』は久しぶりの公演で、その3年前からヨースの権利者側等とやりとりしていたんです。なので始めはまだ池田たちは入団していなくて。また、ちょうどトランプ大統領の時期で国際情勢もきな臭くなってきていたので、「じつにタイムリーな上演」との好評もいただきましたが、それも想定していたわけではなかったんです。運や時代が味方してくれたというのが、正直なところでした。
ただ、その過程で相談した芸術顧問のピーター・ライト、さらにチューダーもじつはこの『緑のテーブル』には関わりがあり、そうしたご縁の中でこの作品を上演することは、世界のバレエ界の一端を担う感覚にさせてもらえます。これは、個人としてバレエ団をやっていく上ではすごく励みになりますね。

コロナ禍のさなか、ダンサーたちのコンディション維持は総監督としても最重要のお仕事だと思います。どのような対策を取られて来ましたか?
去年の4月に初めて緊急事態宣言が出されて誰も一歩も外に出なくなったとき、一週間経たないうちに、オンラインで自宅でのレッスンを始めました。はじめは音楽もうまくいかず手探りでしたが、毎日決まった時間に皆で繋がっていられたのは、振り返ってみてよかったと思います。
そして、これはコロナ前から心がけていたことですが、全員で情報を共有すること。積極的なダンサーは私にどんどん質問しに来たりしますが、おとなしい人もいる中で、ZoomやSlackなどで平等に最低限の情報が共有できるということは、こういう状況下でも助けになっているのではと思います。

10月には『ドラゴン・クエスト』を上演し、ライブ配信も行われました。
配信はバレエ団として初めての試みでしたが、それだけに「たいしたことないな」と思われてはいけないので、機材もスタッフもたっぷり元手をかけて臨み、カメラの切り替えも工夫しました。冒険的ではありましたが、視聴者の方の満足度評価はとても高い数字でした。海外をはじめ劇場に来られない方、バレエを初めて観る方、そもそもこのバレエの存在を知らなかったゲーム・ファンの方などに発信できて、次に繋がる結果になったと思います。

今後どのバレエ団にとっても、配信の活用は重要になってきそうですね。
ただ、配信に比重を置きすぎると本質を見失ってしまう危険がありますよね。じつは今回も、普段の客席からの目線とは違うカメラを入れることも検討したんです。でもそこまでやるとテレビドラマのような制作手法になってしまうのではないか、と結局却下しました。ただ海外のように公演の制約が大きいと、配信に力を入れざるを得ないところもありますね。日本はどうなるのか、先行きを見るのが難しいです。

今まで上演して来られた中で、特別に印象に残っている作品は?
やはり新しいプロダクションでしょうか。総監督として最初に取り組んだのが『シンデレラ』(2008)で、このときはピーターの『コッペリア』のような、“振付だけではない、プロダクションとしてのバレエ作品”を作りたいと思っていたんです。思い通りにいかない現状にも初めてぶつかりましたが、その後の『くるみ割り人形』(2012)に経験が活かせ、こちらは自分としても満足できました。さらにそれが『ドラゴンクエスト』(1995初演、2017衣裳装置を一新)にも繋がったのかなと思います。
そしてこの作品を、2019年にパリのJAPAN EXPOに持っていけたのが大きかったですね。もうだいぶ前に「日本文化を紹介するこういう催しがある」と伺ってはいたのですが、『ドラクエ』というピースができたことで、パズルが完成したんです。そして、ピースはたくさん持っていないといけないし、それを組み合わせる能力が必要だということが、段々と分かってきたところです。

『くるみ』は、「雪をたくさん降らせたい」という鈴木さんの希望で、雪の場面 がトウシューズを履かないコンテンポラリーの振付になりました。オリジナリティも高く魅力的ですが、クラシック・バレエの群舞の見せ場なのにこの変更にOKを出すのは、勇気がいることだったのでは?
作家としての鈴木の意見はもちろん尊重しますが、じつは雪の場面だけではなく、私は全体に口を出しているんですよ。鈴木とデザイナーのディック・バードは放っておくとアイディアが花火みたいに広がっていくので、二人のミーティングにつねに同席し、経費の上限や、費用に対して効果が見合っているかなどを考え合わせて軌道修正し、コントロールしてきました。私と太刀川が違うところがあるとしたらここで、太刀川は「プロデューサーは振付家にお金の心配をさせず好きなようにやらせる。そして一切の責任は自分が取る」ということを徹底していました。私はそこまでの度胸はなくて。

現実的には今、振付家が一切お金の心配をせずに作らせてもらえるというのは、世界中見渡しても難しいのでは?
そう思います。太刀川のこだわっていた自由さをなくしてはいけませんが、今の時代、制約の中で質の高いものを作るのはむしろ当たり前であり、それがプロなのだと思います。正解は一つではない、見方によれば全部正解になりうるとすると、だいじなのは要するにバランスですよね。そこを日々見誤らず、かといってマンネリにもならずに、融通を効かせ柔軟性をもってやっていければと思っています。