1500_5571a_RB_Mannon

The Royal Ballet - Francesca Hayward in MacMillan's Manon. © Emma Kauldhar by courtesy of the ROH


ロイヤル・バレエの『マノン』


最新キャスト二組の熱い舞台について、ロバート・ペトマンとアマンダ・ジェニングズがお伝えします。


3月末、ロイヤル・バレエに『マノン』が帰ってきた。今年は1993年に亡くなった振付家ケネス・マクミランの没後25周年にあたるが、その記念シーズンの最後を飾るのが本作だ。

フランチェスカ・ヘイワードのタイトル・ロールは、無垢で魅力的で気まぐれで陽気な高級娼婦だが、最後にはその人となりが引き寄せた不幸の中で、非業の死を遂げる。高度な技術に支えられたヘイワードは、臆することなく作品の主題に切り込める。その主題とはすなわち、貧乏を恐れるあまり曖昧になる倫理観であり、それは、完全に解決されることはないものでもある。

作品全体の雰囲気を決定付けたのが、アレグザンダー・キャンベルの小心で策略家のレスコーだ。彼を起点に、これぞロイヤル・バレエという有機的な表現力が動き出す。カンパニー全体が力強く、綿密に計算された劇場作品ならではの効果が上がる。売春婦や下働きの女、女優、物乞い、守衛、従僕、高級娼婦、紳士や“顧客”たちが舞台を支配する。まさしくマクミランが構想した、18世紀の気まぐれなパリだ。

ロイヤル・バレエは、物語の語り方を熟知しているのだ。本作品ではそれは、マクミランが古典の語彙を想像力で再構成した振付によって描いた“政治的に不適切”であることの魅力を踊りで示すこと。中でも高級娼婦や紳士達を演じた崔由姫、ベアトリス・スティックス=ブルネル、オリヴィア・カウリー、マヤラ・マグリ、マシュー・ボール、ウィリアム・ブレイスウェル、マルセリーノ・サンべらのステップは完璧だった。

デ・グリュー役のフェデリコ・ボネッリは、この役に求められる愛と悲哀を湛え、ヒロイックにマノンのパートナーを務めたが、ステップの精度という点では、ピルエットのシークエンス(この役は、1974年にアンソニー・ダウエルのために振り付けられたので、高度なのだ)のいくつかでミスがあった。

この役だけでなく『マノン』という作品全体が、後の世代のダンサーたちにとって到達すべき高水準の目標となってきたのだが、その伝統が引き継がれてきたことを、美しい足に執着するクリストファー・ソーンダースのムッシュー、エリザベス・マクゴリアンのゴージャスなマダム、終幕のルイジアナでマノンが隷従させられるギャリー・エイヴィスらに感じることができた。後者が示すようにこの作品にはまた、現代的な問題もが含まれている。(ロバート・ペトマン

 他日のキャストでは、マルセリーノ・サンべとヤスミン・ナグディによるレスコーとそのその愛人に見応えがあった。ナグディの解釈は少々抑制されすぎていて、私たちの見慣れた支配的で計算高い女性のイメージはほとんどない。だがその踊りは、盤石のターン・アウトと完璧な五番に支えて、美しくバランスのとれた回転、魅力的な上体、軽やかなジャンプなど、完璧そのもの。眼福だった。

サンべは、『ルビー』や『リーズの結婚』のコーラスを得意とし、魅力的で生気あふれるダンサーとして知られるが、今回のレスコー役では演技力が一段と向上し、悪役を楽しんで演じていた。腹に一物ある性格が、カモになりそうな相手の一挙手一投足への反応から滲み出る。第二幕の泥酔のソロ(あまりにも手加減なく踊ったため、決まった振付以外にも一度、転んだように見えた)では彼特有のユーモアが冴え、すぐれたテクニックを見られるのも悦びだった。 

負傷したデイヴィッド・ホールバーグの代わりにマリインスキー・バレエから招かれたウラディーミル・シクリャローフは、準備も万全ではなかったろう。第一幕のソロでは、私たちが当然と思っている滑らかさにはほど遠く、目を疑ってしまった。回転からそのままアラベスク・フォンデュに入るところでは、緊張のせいだろうか、ターン・アウトをコントロールできていなかった。だが共演のナタリヤ・オシポワがうまく働きかけ、第二幕ではすべての力を出し切ったと見えた。

彼のデ・グリューの役作りは、心底善良な青年が、欲深い女性への恋に苦しみつつも彼女を愛し抜く、というもの。共演のナターリヤ・オシポワには多彩な才能があるが、中でも、あらゆるパートナーから(それがどんなに内気な相手でも)舞台上での情熱を引き出す力量は、彼女を別格のスターとしている資質だ。それが、今回のシクリャローフにも魔法をかけ、破滅的なほどの力を引き出した。第三幕での彼には、目を瞠らされた。看守(ベネット・ガーとサイドが好演)を殺してしまった後の苦悩が手に取るように伝わり、最後にマノンの亡きがらの上に突っ伏すところの絶望は胸を打った。

オシポワのマノンの素晴らしさは、まさに奇跡のようだった。最初の登場から観客を自分の世界に引き込み、なんとかして世間からこの少女を守ってやりたいと思わせるのだが、一方で、彼女ならうまく世渡りしていけるはずとも感じさせる。踊りはもちろん最高で、この完璧に身についたテクニックと強靭な身体能力があってこそ、彼女が常にそうであるように、ダンサーは全力で舞台に打ち込めるのだ。幕切れで私の連れが「彼女、本当に死んじゃった!」と耳元で囁いたが、まさに彼女はそのとおりだったのである。(アマンダ・ジェニングズ)

(訳:長野由紀)