ロイヤル・バレエのトリプル・ビル Les Patineurs


最新のミックス・プログラムは、多彩でバランスの取れた構成。アマンダ・ジェニングズがお伝えします。


1930〜40年代に初演されたバレエが今も当時と同じくらい新鮮に見えると、いつも心躍る。バランシンの『セレナーデ』はその最たる例で、この夢のような作品の幕が降りたとたんに、観客は我に返り、1935年にこれを観た人の目にはどんな風に映ったのだろうと、驚きを新たにする。

 ロイヤル・バレエによるアシュトンの1937年の『スケートをする人々』でも、同じことがいえる。時代の空気、手の込んだ衣裳、スケートに着想した様式化されたステップというと、なにか取り澄ました作品と思われてしまいそうだが、全くそんなことはない。厳格で難度が高く、複雑で美しいラインを描くアシュトンの振付は、最高の上演であれば、すべてが咲きたてのデイジーのように初々しく、描き上がったばかりの絵のように洗練されて見える。アカデミックな技術のショーケースのようだが楽しくもあり、スケートの引用の仕方が天才的なので小さなスタッカートのステップが滑りながら行われているように見えるところなど、つねに目を見張らされる。

 アシュトンの演劇的な視点から美しい装置と照明が生まれ、一連のダンスはみごとに構築されている。音楽はマイアベーアの楽曲から入念に選ばれたもので、グランド・オペラで知られるこの作曲家のメロディアスさは、ダンスに文句なしにふさわしい。

 指揮者のバリー・ワーズワースのテンポは、私の記憶より遅いところもいくつかあったが、ダンサーは全く影響されていないようだった。特にすぐれていたのは、いくつかのデュエットを正確に踊り、拮抗した魅力を見せた崔由姫とアナ=ローズ・オサリヴァンだ。オサリヴァンは音楽の感性や強弱の変化、舞台上での完璧な振る舞いによって初舞台の時から注目されてきたが、舞台経験も豊富になった今では本人も自信を深め、確たるバレリーナ・クオリティを感じさせる踊りをするようになった。崔の踊りもフェッテを含め印象的で、喝采を贈りたい。金子扶生とウィリアム・ブレイスウェルは美しいパ・ド・ドゥを踊り、マヤラ・マグリとベアトリス・スティックス=ブルネルのレッド・ガールズには華やぎがある。マルセリーノ・サンベはみごとなブルー・ボーイで、難しい振付も、テクニックにすぐれカリスマ性のある彼の手にかかると、やすやすと見える。

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アシュトン振付『スケートをする人々』での金子扶生とウィリアム・ブレイスウェル  
© Emma Kauldhar by courtesy of the ROH

 『三人姉妹』は、控えめに言っても難問といえる作品だ。 もちろん、マクミランのバレエにしては美しい振付だし、趣き深く意味深長でもあり、ダンサーは自分の最高の力を発揮できるが、それでも不完全燃焼感の残ることが多いのだ。

 チェーホフが原作で描いた、片田舎で息の詰まりそうな生活(そこには政治的な含みもある)を送る三人の姉妹の姿は、女性が無力だった男性社会の縮図であり、その複雑さは、一幕のバレエで簡単に伝えられるものではない。おそらくマクミランこそは、それをなしえたかもしれない唯一の振付家だといえるが、その彼にしてさえ、これは満足のゆくバレエとなったとはいえない。『スケートをする人々』とジェローム・ロビンズの『コンサート』という、二つの軽快なバレエの間を引き締めるものとしては、彼の別の作品の方がふさわしかったのではないか。

 チャイコフスキー(フィリップ・ギャモンによるピアノ編曲の間にロバート・クラークが美しく演奏した)とバラライカとギターのアンサンブルによる軽快なロシア民謡の交じる音楽は素晴らしく、踊りについては、特にマーシャ役のマリアネラ・ヌニェスが緊迫感も熱さもあり、また技術的にはいつもと同じく奇跡のような見事さだった。末娘イリーナを巡る恋のライバルであるトゥーゼンバッハ男爵のウィリアム・ブレイスウェルとソリョーヌイ大尉のニコル・エドモンズは、いずれも技術に加え演技力にもすぐれた、素晴らしいダンサーで称賛に値する。クルイギン役のギャリー・エイヴィスの、苦悩と純粋なやさしさの入り混じった姿も胸を打った。ヴェルシーニンを踊ったティアゴ・ソアレスは精悍で見目もよくカリスマ性もある。理想的なキャストと見えなくもなかったが、この役は振付の難度が高く、マクミランならではのジャンプの空中での複雑なポーズを鮮やかに造形できる、完成度の高い技術を持ったダンサーでなくては務まらない。この種の能力は、おそらくソアレスにとってはもう過去のものとなってしまったのだろう。 

 トリプル・ビルの締めくくりに、『コンサート』ほどぴったりな作品があるだろうか?アシュトンやマクミランと同様、ロビンズは天性のヴィジョンを持った振付家であり、この楽しい作品のすべての要素が、最高の趣味と洞察力とユーモアで光り輝いている。舞台に現れたピアニストが弾き始める前の動きから、そのピアニストが巨大な網を手に蝶を追いかけていく愉快な幕切れまで、この作品は最高のエンターテイメントだ。

 「ミステイク・ワルツ」にはこの踊りに必須の正確さがあったし、ニーアマイア・キッシュが恐妻家の夫を完璧に造形していたのにも驚かされた。妻役ラウラ・モレーラの徹底した冷たさは、威圧的かつウィットに富んでいる。ローレン・カスバートソンはグラマラスだが素っ頓狂な美女で、キッシュ、椅子、いくつもの帽子を相手のおかしな仕草の一つひとつが効いていた。ロバート・パーカーがショパンを誇らしげに弾き、クーン・ケッセルス指揮のオーケストラがそれを支えた。(訳:長野由紀)