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マリインスキー・バレエに客演してのアシュトン振付『シルヴィア』終演後、カーテンコールでのローレン・カスバートソン Photo: Natasha Razina. © State Academic Mariinsky Theatre

ローレン・カスバートソン 


ロイヤル・バレエのプリンシパルであるカスバートソンが、11月10日、マリインスキー・バレエの『シルヴィア』に客演。歴史的なサンクト・ペテルブルクでのデビューにまつわる秘話を、本誌編集長エマ・コールダーがうかがいました。


エマ・コールダー(以下、EK):マリインスキーでの『シルヴィア』主演が決まったいきさつは?
ローレン・カスバートソン(以下、LC):その週の水曜の夕方にケヴィン(・オヘア、ロイヤル・バレエ芸術監督)から最初の打診があったんです。予定されていたバレリーナがダウンしてしまって、土曜日の夜の公演を踊れる人がいないらしいんだけど、って。「そんな話が私に来るなんて?」というのが第一印象。こんなチャレンジングなお話をいただいて、光栄だし興奮もしたけど、とにかく想定外で、すぐには話が呑み込めませんでした。しかもそのとき私は、映画『コレット』を見に行こうとしていたところで、すごく急いでたんです。なので、何時間か考えさせてください、と返事をしました。映画の後でケヴィンに電話をして、「すごく行きたいです。行かなかったら、自分が許せないと思う」と伝えました。

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Lauren Cuthbertson and Xander Parish in Ashton's Sylvia. Photo: Natasha Razina. © State Academic Mariinsky Theatre


EK:そして翌日は?
LC:朝7時に起きて、ユーリ・ファテーエフ(マリインスキー・バレエ芸術監督)のアシスタントのソーニャからの電話を受けました。パスポートについて聞かれ、手続きを細かく指示されました。その日は私は、ハーパース・バザー誌の催しでシアター・ロイヤルでこんぺい糖の精を踊ることになっていて、午後はナタリア・マカロワとのリハーサル。これは絶対外せませんよね。なので、それが終わってから、半分パニックになりながら、急いでチェック・リストを確認したんです。
その後、楽屋口を出て地下鉄の駅に向かいながら、そうだ、アナトール(・グリゴリエフ、元キーロフ団員でロイヤル・バレエ・スクールの教師。ザンダー・パリッシュの師でもある。故人)の写真を取ってこなくちゃ、と気づいたの。急いで楽屋に戻って、写真を壁から外しながら「一緒に来てね」と声をかけました。空港に車で向かう途中、遠くに花火が見えて、背中を押してもらっているように感じました。よし、飛行機に乗ろう。行こう、と。

EK:ビザは大丈夫だったのですか?
LC:パソコンの中に残しておいたメモのおかげで、大丈夫でした。ビザもないのにロシア行きの飛行機に乗るなんて、映画の中の出来事みたいですよね。

EK:サンクト・ペテルブルクには、前にも行ったことはあったのですか?
LC:モスクワには何度か行ったことがありましたが、ペテルブルクは一度だけです。19歳の時でした。
到着した時に、係員が入国審査の列に並ばせようとするのに、必死に抵抗しました。入国審査を受けずに総領事館にコンタクトするように、と厳しく言われていたんです。でも、朝の5時でどうしたらいいのか途方にくれていたら…ホールの向こうの端に誰かいて、「ローレン?」と呼びながら手を振っているじゃないですか。まるで、「シルヴィア、アミンタがいるよ」とエロスが叫んでいるみたいでした。そして彼のオフィスに連れて行かれて、急いでビザの書類を記入したんです。木の机が置かれていて、プラスチック製のロシア国旗が飾ってありました。
滞在中は、私を迎えに来てくれたこのすてきなディミ、本名ドミトリーが、ずっと世話をしてくれました。楽屋からスタジオへの行き方を教えてくれ、次のスタジオ、衣装工房、それから、タイツを買いにサンシャへの道順は、といったふうに。


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マリインスキー・バレエに客演してのアシュトン振付『シルヴィア』終演後、カーテンコールでのローレン・カスバートソン Photo: Natasha Razina. © State Academic Mariinsky Theatre

EK:衣裳も持たずに行ったのですか?
LC:ええ、ほとんど手ぶらで。衣裳は、本番の出番直前に、舞台袖で針と糸で着付けてもらいました。でも、シューズは持っていったのよ。一晩の公演なのに、6足も。

EK:そしていよいよ本番。
LC:何も失敗はなかったと思います。心配だったマイムも、共演のザンダー(・パリッシュ)が直前に一緒に通してくれたし。でも、第一幕を踊りながら思ったんです。「ローレン、我ながらあなたどうかしてるわ!」この幕は力の配分やスタミナを念頭において何週間も準備しなくちゃいけないのに、いきなり本番だなんて。
私がこれまで踊ったベストの『シルヴィア』ではなかったかもしれないけど、リハーサルもできず、傾斜舞台で、睡眠不足で、ザンダー以外は会ったこともないダンサーたち、たとえば第一幕では侍女たちやオライオン—アンドレイ・エルマコフは華があってすばらしかった—との掛け合いがたくさんあって、この何年か踊っていない作品で、「初めて尽くし」だったにしてはよかったと思います。

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Lauren Cuthbertson and Xander Parish in Ashton's Sylvia. Photo: Natasha Razina. © State Academic Mariinsky Theatre

EK:あなたは歴史を作ったんですね。イギリス人のダンサー二人が、マリインスキーの通常公演で、しかもイギリスのバレエを踊ったというのは、かつてありません。
LC:終演後、ユーリからもそう聞かされました。「歴史的な夜だ、二人のスターの力で実現したんだよ」と。一緒にロンドンから飛んでサポートしてくれる人もなかったけれど、周りの人達の意志を感じていました。みんなが私達のことを心底思ってくれて、この瞬間を分かち合っているんだとひしひしと伝わってきました。魔法のような、夢のような時間でした。想像もしなかったエキサイティングなことで、自分はダンサーなんだとこんなに強く実感したことはありません。(訳:長野由紀)