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谷桃子バレエ団 『海賊』Photo: Hideaki Tanioka

谷桃子バレエ団『海賊』東京文化会館
Tani Momoko Ballet - Le Corsaire




 谷桃子バレエ団による『海賊』の新演出。『海賊』といえばふつうは、主役の男女の他にも重要な脇役が多く、恋愛、冒険、男同士の仲間割れと忠誠心等のさまざまな要素を含んだバレエとして知られている。巧く作れば躍動感にあふれ、へたをすれば雑多となってしまうわけだが、休憩一回を含んで約二時間とコンパクトにまとめた本作は、主役のコンラッドとメドーラの恋の成就にストーリーを絞り、すっきりとテンポよく展開する。
 富豪のサイード・パシャから大金を巻き上げようとトルコの市場にやってきた海賊コンラッドは、今まさにパシャのハーレムに売られていこうとする美女メドーラと出会い、二人はひと目で恋に落ちる。コンラッドはパシャの館に忍び込み、パシャを独り占めしたい寵姫ギュリナーラの助けを借りて、メドゥーラを救い出す。海賊の根城である洞窟に戻った二人はやっと結ばれた幸福を噛みしめ、仲間たちとともに華やかな結婚の宴を催す。
 演出を手がけたのは、かつてキーロフ(現マリインスキー)・バレエで踊り、活現在はアメリカでダンサー、振付家として活躍するエルダー・アリエフ。1990年代に同団が日本公演で『海賊』を上演した際には、自らもコンラッドを踊った人。そして一時代を築いたスターだったイリーナ・コルパコワが、監修に名を連ねている。
 まず驚かされたのは、登場人物の刈り込みだ。コンラッドに忠実な奴隷アリもいなければ、欲と嫉妬に駆られて反逆するビルバンドもいない。踊りの見せ場に特化した前者はまだしも、一味の中での裏切り者の存在は、通常は起承転結の“転”を担う部分なのに?だが実際には、作品はそれなくしても十分に面白いのだ。残念だったのは、個性的な奴隷商人ランケデムの出番が早々に終わってしまうことくらいだろうか。
 スピーディな展開の中にも、従来の踊りの見せ場は設定を変えてたっぷりと残されている。三人のオダリスクの踊りは、ハーレムでパシャの慰みとして供され、有名なパ・ド・ドゥは最後の結婚式の場面で。勇壮な民族舞踊の数々に囲まれて、これが意外にもしっくりときて盛り上がる。
 だが何よりすぐれていたのは、女性コール・ド・バレエの見せ場である“夢の花園”(活ける花園、華やぎの園などとも呼ばれる)を、太っちょで欲深いパシャの居眠りついでの夢ではなく、コンラッドがまだ結ばれぬメドーラを思って見るものとした発想だ。ロマンティック・バレエの王道ともいえる「手の届かぬ理想の美女を追い求めるヒーロー」という構図が、『海賊』という作品中でこれほど明確に示されていたことが、これまであっただろうか。淡いピンクのチュチュの36人のアンサンブルが多彩な構図を描き、いかにもこのバレエ団らしい上品な美しさだ。
 メドーラ役の永橋あゆみはすらりとした肢体と表情豊かな瞳を持つバレリーナ。長い手脚を活かした美しいラインに加え、ハーレムの場面での嘆きに見られるように全身の表現力にもすぐれ、魅力的なヒロインだった。コンラッドの三木雄馬は力強くダイナミック。海賊の首領らしい風格もあり、まさに適役との印象を受けた。

長野由紀




The Tokyo Ballet - Alina Cojocaru in La Bayadere © Kiyonori Hasegawa

The Tokyo Ballet - La Bayadère




東京バレエ団によるマカロワ版『ラ・バヤデール』の再演。ゲストのアリーナ・コジョカル(イングリッシュ・ナショナル・バレエ)の“異次元の”と形容したくなる名演が、深い余韻を残した。

古代インドを舞台に繰り広げられる、ヒンドゥー寺院の巫女(バヤデール)ニキヤと、恋人の高貴な戦士ソロル、そして彼が婚約を強いられる藩王の娘ガムザッティの三角関係に、周囲の思惑も絡んだ愛憎劇。コジョカルの演じるニキヤは、清純で控えめな性質でありながら、内には熱いものを秘めている。ソロルとの最初の逢瀬でのほとばしる歓喜、彼とガムザッティの婚約式で全身から滲ませる哀しみと、それに続く絶命。そして精霊となっての彼との再会を経て、最後の幕で二人の結婚式にあらわれ、愛しいソロルをあの世へと誘っていくフィナーレでの神秘性まで、すべての表現が「愛とは執着の別名か」と思わせるほどに強く、それでいて精緻を極めている。

そのトータルな役作りは、役を“作る”というより“生きた”と感じさせるが、なかでも、盤石のテクニックが写実を超えて、なにか崇高で抽象的な域に達してしまったと思わせたのが、<影の王国>の場面である。ガムザッティ父娘の謀りごとで命を落としたニキヤは、傷心のソロルがアヘンを吸って眠りに落ちた、その夢に現れる。垂直にぴんと通った軸に支えられて、ポワントに立ったポーズは身じろぎもせず、掲げた両腕を下ろしていく動作も、まるで空気の抵抗を受けているかのようにゆっくりとしている。コジョカルという類まれなバレリーナの姿を借りて、永遠とは何かがつまびらかにされるのを見ているようだった。


The Tokyo Ballet - Vladimir Shklyarov in La Bayadere © Kiyonori Hasegawa

強い求心力を持つバレリーナが主役を踊るときには、自ずと周囲も触発されて、舞台全体が引き締まり、熱を帯びてくるものである。ソロル役のウラジーミル・シクリャローフ(マリインスキー・バレエ)からは、ニキヤへの真摯な愛が痛いほど伝わってきた。婚約を藩王に命じられた直後にチェス盤を挟んでガムザッティと向き合いながら、ニキヤを思い人知れず懊悩するさまは、とりわけ心に残る。抜群のプロポーションと甘い美貌、そして伸びやかな跳躍が若い頃から目を惹くダンサーだったが、今回はそれに熱い演技が加わって、円熟の時期にあることをうかがわせた。また、高くスピード感のあるリフトも形よく決めて、コジョカルとはこれが初共演とは思えないほど。恋敵ガムザッティの奈良春夏は、人前での驕慢な姫君の顔から一転、ソロルとの結婚に胸をときめかせるモノローグがいじらしく、また結婚式でのソロは、愛を乞う気持ちと誇り高さがせめぎ合って迫力があった。

そして<影の王国>でのコール・ド・バレエ。2009年の東京バレエ団のカンパニー初演の際から高く評価されてきたが、今回はさらに24人の一体感が高まった。粒の揃ったポーズが連なって流れを作り、白一色の衣装が舞台を埋めてゆくさまは幻想的で、主役三人のそれぞれの哀しみや業を浄化するかのように、美しかった。(長野由紀)