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ノーザン・バレエによるデイヴィッド・ニクソン版『白鳥の湖』での、宮田彩未



ノーザン・バレエの『白鳥の湖』Swan Lake





同団芸術監督デイヴィッド・ニクソンによる、独創的な版の再演。マイク・ディクソンがお伝えします。

 ニクソン版『白鳥の湖』が初演されたのは10年以上前のことだが、今回の再演では、これが歳月の審判に耐える演出であることが証明された。1912年のニューイングランドを舞台とし、子供時代の悲しみや性的な混乱を底流とするこの版の過激な印象は、今では和らいでいる。音楽は私たちが知るとおりの曲順で演奏されるが、その合間にはチャイコフスキーの他の曲、すなわち「組曲第三番」(バランシンの『テーマとバリエーション』で有名)の第一楽章とポロネーズ、「憂鬱なセレナード」、交響曲第五番のゆっくりとした楽章などが挿入されている。これらの楽曲を加えることは一見論理的でないように見えるが、観ているうちに、ニクソン版の濃密な情景の幾つかは、原曲ではうまく表現できないことが分かってくるのである。

 プロローグでは、二人の幼い兄弟が湖で泳いでおり、そのうち一人が溺れる様子が示される。生き残ったアンソニーは悲しみに苛まれ、この悲劇の起こった場所への病的執着を抱くことになる。
 第一幕はピクニックの場面として描かれ、成長したアンソニー(トバイアス・バトリー)が葦に囲まれた水面を眺めているが、彼は湖で再び泳ぐ勇気がない。彼の友人の青年たちが自転車に乗ってやってきて、浮かれ騒ぎながら、突堤から湖に飛び込もうと服を脱ぎ始める。ジョセフ・テイラー、マシュー・クーン、ルーク・フランシス、ガヴィン・マッケイグがエネルギッシュに跳び、回り、ふざけてケヴィン・ポウンのズボンを取り上げたところへ、控えめだが洗練された装いの女性たち(芥実季、ドミニク・ラローズ、ジェニー・ハックウェル)が登場。ここでのポウンは、宙に留まるかのような動きの強い印象やふざけた仕草で、場をさらった。アンソニーはもっぱら親しい友人であるサイモン(ニコラ・ゲルヴァシ)とオディリア(宮田彩未)と一緒に過ごしているが、二人とも彼に想いを寄せていることは明らかである。宮田は新進の才能あるダンサーで、ラインが美しく、強いジャンプと魅力的な笑顔の持ち主。ゲルヴァシはこのところ、プロポーションに恵まれた古典ダンサーとしてだけでなく、実力ある演技派としてもこのところ台頭してきた。どちらも機会を捕らえては王子にキスしようとするのだが、そのために彼が腹を立て混乱しているところへ、マーサ・リーボルトの踊る白鳥オデットが葦の陰から神秘的に登場する。



ノーザン・バレエによるデイヴィッド・ニクソン版『白鳥の湖』での、宮田彩未


 第二幕は、アンソニーの寝室で幕を開ける。成人を迎えての誕生パーティーの日だというのに、白鳥に心を奪われ鬱々としたままの彼は、着替えることもできない。そこへサイモンが訪れ、穏やかで真の友情を感じさせるデュエットをともに踊り、身支度を整えてやる。

 場面はパーティーの会場へと移り、招待客らの楽しげな踊りが繰り広げられる。そこへオデットが謎めいた雰囲気をまとって現れ、アンソニーと踊る。アンソニーとオディリア、サイモンによるパ・ド・トロワがそれに続く(音楽は「黒鳥のパ・ド・ドゥ」)。そしてこの幕の最後で、アンソニーがサイモンにキスしようとし、それを見た母后(ピッパ・ムーア)が卒倒しそうになる。体面を繕うため、アンソニーはその場の勢いでオディリアにプロポーズする。

 第三幕。見せかけの結婚によってもサイモンへの愛を忘れることのできないアンソニーは、再び湖畔を訪れる。彼が深い水の底に入って行ったことが上方にたなびく青い絹の布=水面によって示され、最後には彼はリーボルトと結ばれるのだった。



Northern ballet in David Nixon's Swan Lake.



 トバイアス・バトリーがアンソニーの苦悩を濃密に演じ、とりわけその目を強力な武器として用い、非難、懇願、怒り、感じやすさなどを表現していた。宮田彩未はパーティーの場面で本領を発揮し、ソロは魅惑的で弾けるようだった。ゲルヴァシも、すぐれたパートナリング術と古典的な洗練を示した。だが踊りとしてもっともすぐれていたのは、ケヴィン・ポウンとマシュー・クーンが家具調度を無造作に飛び越えて跳ね回り、前転するコミカルな超絶技巧の一曲だった(音楽は「ナポリの踊り」)。そして、バトリーが宮田、ゲルヴィシをそれぞれ相手として踊る寝室での対照的な二つのデュエットは、このバレエの中心であり、ニクソンが振付やドラマの上で意図したものの核心をなしていた。

 この『白鳥の湖』にはドラマトゥルギー上の欠点もあるのだが、振付の面では宝石のような部分も含まれている。「四羽の白鳥」のように湖畔の場面ではイワノフの原振付を残したところもあるが、自分のバレエ団の魅力を引き出す印象的な踊りを生みだすために他の振付家を頼りとする必要など、ニクソンにはないのである。(訳:長野由紀)