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Noism - Sawako Iseki in La Bayadère. Photo: Kishin Shinoyama.

『ラ・バヤデール — 幻の国』Noism

 下敷きとなっているのは、もちろん古代インドを舞台とするロシア古典バレエの同名の名作。その悲劇の発端となったカースト(身分差)を、架空の国での民族間の対立に置き換えた、芸術監督金森穣による新演出版である。  ひとりの老人ムラカミが回想するのは、かつて繁栄を誇ったマランシュ国。そこではヤンパオという名の帝国の支配のもと、その傀儡である皇帝、高貴な戦士、踊り子たち、亡命の聖職者、地方の軍閥ら異なる民族の人々が、ヤンパオという名の帝国の支配下で偽りの調和のもとに暮らしている。戦士バートル(原典のソロル)は踊り子ミラン(ニキヤ)と密かに愛し合っているが、五族の調和を名目に皇帝の娘フイシェン(ガムザッティ)との婚約を強いられ、ミランに横恋慕するガルシン(大僧正)の密告から、ミランは殺されてしまう―—  まずは、それぞれの民族を色と形で描き分ける宮前義之(ISSEY MIYAKE)による衣装が素晴らしい。その力が最大限に発揮されたのは、全民族が居並ぶ婚約式の場面だろう。それぞれの思惑と陰謀が、あたかもシンプルな青い衣装のミランを飲み込んでいくような禍々しい迫力があった。  だがもっとも印象的だったのは、ミランの死後アヘンに溺れたバートルの夢、すなわち「影の王国」。色彩の溢れる他の場面と異なり、ここだけは白と黒、そしてその間を満たすおぼろな光の世界である。12人のダンサーたちが一人また一人と背景幕の中央から姿を現し、横方向の動きを交えながら舞台前方にうずくまる彼に向かってまっすぐに進む。そして最後に彼がミランを抱きしめると、その身体はかき消え、後に残った羽衣のような衣装は、ばらばらになってその腕をすり抜けてしまう。手の届かない彼女の存在(あるいは不在)のみごとな視覚化に、息を呑んだ。 Noism - Satoshi Nakagawa and Sawako Iseki in La Bayadère. Photo: Kishin Shinoyama.

 

舞台にはダンサーと共に、ムラカミ(貴島豪)、ガルシン(奥野晃士)、フイシェン(たきいみき)として三人の俳優が登場する。平田オリザ脚本によるセリフは、言語表現ならではの明晰さで身分差を突きつける力を持つ一方、ダンサーの身体表現を言葉に対するリアクションに留めてしまうと感じられる部分も。  振付は胴の傾斜や引き伸ばされた四肢に力があり、出演者全員が驚くべき水準のテクニックと表現力を見せた。ヒロインを演じた井関佐和子は、純真無垢と神秘性の入り混じった独特の魅力。バートル役の中川賢や馬賊の首領タイラン役の吉崎裕哉の存在感、ミランのライバルの踊り子ヨンファ役の梶田留以の踊りの美しさも目を引いた。そしてフイシェンの侍女/ヤンパオ帝国のスパイ/看護師を不気味に演じた石原悠子は、作品世界の過去と現在、そしておそらくは、格差や宗教的不寛容が陰を落とす現実をも、一つに結びつける役割を果たした。7月1日、神奈川芸術劇場。(長野由紀)