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Grand Audition 2017. Photo: Emma Kauldhar

グランド・オーディション


ロイヤル・バレエ元プリンシパルのダヴィッド・マハテリが企画した、ダンサーの就職支援のための催し。エマ・コールダーがリポートします。


 プロとして最初の契約を勝ち取ろうとする時、そして移籍を考える時、ダンサーが受けなくてはならないのがオーディションだ。だがそのほとんどは、一年の最初の2ヶ月ほどに集中している。それらを受けて回るのは交通費もかさむし、なにより精神的な負担が大きい。そうした状況の中、9つものバレエ団の芸術監督が一堂に会してオーディションを行うというのは素晴らしいアイディアであり、ダヴィッド・マハテリが昨年ブリュッセルでこの企画を立ち上げた時の狙いも、まさにその点、つまりダンサーの負担軽減にあった。


グランド・オーディションでヴァリエーション審査に進んだ小西聡子  Photo: Emma Kauldhar

 今年は開催地をバルセロナ郊外のサン・クガに移し、適切な広さのステージと現代的な機構を備え、しかも劇場としても魅力的という理想的な条件の揃ったテアトロ・アウディトリ・サン・クガにおいて、2月上旬に行われた。応募者の数は二日間の会期で快適かつ公正に審査できる人数を遥かに上回り、募集は早々に締め切られた。

 1日目は舞台でのクラス・レッスン。160人超の参加者はいくつかのグループに分けて入念にチェックされ、そのうち芸術監督に指名された49人が、2日目のソロ・ヴァリエーションに進んだ。衣装を着用するか練習着で踊るかは、各人の自由だ。この方法だと各芸術監督が、目を留めたダンサーの技術と注意力、ステップを覚える総合的な能力の有無と、表現者としての可能性の両方を、クラス、各自が準備してきたヴァリエーションのそれぞれでチェックできるし、全過程がステージで行われるというのも、大きなメリットだ。クラスだけを見て契約したダンサーが舞台では使い物にならなったという苦い経験を、監督たちはこれまで何度してきたことだろう? 

 今回のオーディションに参加した監督は、フィリップ・バランキエヴィッチ(チェコ国立バレエ、プラハ)、ケネス・グレーヴェ(フィンランド国立バレエ、ヘルシンキ)、シャルル・ジュド(ボルドー・オペラ・バレエ)、イングリッド・ローレンツェン(ノルウエー国立バレエ、オスロ)、カロヤン・ボヤヂエフ(ノルウェー国立バレエII、オスロ)、ミハイル・メッセレル(ミハイロフスキー劇場、サンクト・ペテルブルグ)、ゲンナディ・ネドヴィジン(アトランタ・バレエ、アメリカ)、アイーダ・オリヤック(パナマ国立バレエ)、ルタ・バトヴィリエネ(リトアニア国立バレエ、ヴィリニュス)。30人の応募者が面接に進み、複数のチャンスを得た人も含めトータルで44の入団枠が用意された他、当日芸術監督が欠席していたノヴォシヴィルスク・バレエ・シアターにも、7人が推薦された。


Grand Audition 2017 - Nathan Mennis

 芸術監督たちは、ダンサーに何を求めているのだろう?「クオリティと人柄、そして体型」と答えたのはシャルル・ジュド。「年齢とクオリティ」がルタ・バトヴィエリネにとっては重要だという。一方、「舞台での存在感と魂」が揃っていなくてはいけないとするのはアイーダ・オリヤック。面白いことに、あっと驚くような柔軟性や何回転ものピルエットを挙げた人は一人もいなかった。 

 応募者は世界中から集まった。オーストラリア、日本、韓国、アメリカ、そしてイギリスの数名を含むヨーロッパ各国。遠くからはるばる参加したダンサーたちのスタミナには、ただただ驚嘆させられた。舞台裏でそのうちの何人かに話を聞くことができたが、このグランド・オーディションは素晴らしい企画であり、今回来ている監督のいるカンパニーを個別に受けて回ることを思えば、参加費を払う価値は十分ある、と口を揃えていた。またスムーズな運営や、2日目の審査に進めなくても初日のクラスを最後まで受けられることも、高く評価されていたポイント。この規模のオーディションに参加すること自体が貴重な体験だと考えるダンサーも多い。 

 だが今回もっとも印象的だったのは、出場者リストに200番として登録されていた、ポーランドの若い男子生徒の参加についてのエピソードだろう。


Grand Audition 2017 - Eloise Hazelwood

 そもそも、彼の前のダンサーの番号は164番なのに、なぜ200番?そう尋ねた私に、マハテリは次のように説明してくれた。「たまたまなんです。会場の規模との兼ね合いで出場者の募集を早く打ち切らなくてはならなくなって、そのせいで、彼はエントリーできなかったんです。それがいきなり劇場にやってきて、もし欠席者があったら代わりに出させてほしいというんです。実際、直前のキャンセルはいくつかあったので、芸術監督たちに相談したところ、OKが出たんです。それで参加できたんです。普通なら、認めないんですけどね。そのとき安全ピンと一緒に手近にあったのが200番のゼッケンだったので、それを彼に渡したんです。」一か八かの行動に出た勇気は報われ、二人の監督がこの200番に関心を示した。彼はきっと、そのどちらかに入団できることだろう!(訳:長野由紀)