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金原里奈

イングリッシュ・ナショナル・バレエの新鋭に、ジェラール・デイヴィスがお話を伺いました。


バレリーナになろうと思ったきっかけは?

5歳の時、母が「美しい女性はみんなバレエの経験があるから」といって、京都のあるバレエ・スタジオに連れて行ってくれたんです。私もバレエが気に入って、8歳になる頃には週に45回レッスンするほどのめり込んでいました。先生は私がプロになりたがっているのを知って、目をかけてくれました。そのうちコンクールに出場するようになったのですが、そのスタジオは小さくて、出場するのは私一人。レベルの高い教室では、20人以上出ることも珍しくなかったのですが。 

モナコのプリンセス・グレース・アカデミーに留学した理由は?

12歳の時、ユース・アメリカ・グランプリ(YAGP)の日本予選で一位になり、スカラシップをいただきました。モナコは優れた学校だと聞いていたので、そこに決めたんです。サマー・スクールにも参加してみましたが、先生も素晴らしく、バレエしかやることのない環境も気に入りました。年齢が足りなくてすぐには留学できなかったのですが、校長のルカ・マサラ先生は私が14歳になるまで待ってくださいました。

 2年間で何を学びましたか?

成長することを目標に、集中していました。先生からもいろいろ教えていただきましたが、さらに上達したかったので自習もしました。母に来てもらって映像を撮り、それをチェックして直したんです。これがたいへんで、欠点が多すぎて私はプロのダンサーにはなれないのでは、と思ったほどです。 

現地での生活には、うまく馴染めましたか?

ホームシックにかかってしまい、最初の3ヶ月は毎日母に電話しては泣いていました。日中はバレエで忙しいのですが、朝と夜は最悪でした。特に時差のせいで、朝6時、クラスの始まる前にしか電話できなかったので辛かったです。ルカ先生が私のホームシックに気づき、日本に帰りたいかと聞いてくれました。本当に帰ってしまいたかったのですが、でも卒業しなくてはいけないと思って、ノーと答えたんです。これがきっかけで、自分がなぜここにいるのかはっきり自覚できたんです。その後はもう、あまり泣かなくなりました。 

YAGP、ローザンヌ、ヴァルナなどのコンクールで結果を出してこられましたが、その秘訣は?

昔はコンクールが嫌いだったんですよ。私はYAGPのおかげでモナコにも留学できたし、2015年にはローザンヌをきっかけにイングリッシュ・ナショナル・バレエに入団できました。だからコンクールが悪いとは言いませんが、じつはものすごくあがり症なんです。審査員がペンを手に一列に並んで座っていているのを見るのは、気持ちいいものではありません。舞台にいる喜びを忘れてしまいます。 


イングリッシュ・ナショナル・バレエの『ジゼル』でペザント・パ・ド・ドゥを踊る、金原とコラレス

 

 

 

 

昨年はENBのエマージング・ダンサー(団内コンクールで、一般観客も多数詰めかける)に出場しましたが、そのときも同じ気持ちでしたか?

とても緊張しました。あまり自分に向いていない『ディアナとアクテイオン』のパ・ド・ドゥを踊ったので、なおさらでした。追い込みすぎと思うほど練習をして臨みましたが、それでも最後まですべてが怖かったです。今年は私の課題曲は『エスメラルダ』のパ・ド・ドゥですが、これは『ディアナ』よりずっと好きな踊りです。相手役は今年入団したアイトール・アリエタで、とても感じがよくて、私と同じでリハーサルが大好きなんです。去年のパートナーはセザール・コラレス。そのこと自体はエキサイティングでしたが、彼はそんなに練習しなくても踊れる人なんです! 

イングリッシュ・ナショナル・バレエに決めた理由は?

タマラ・ロホとアリーナ・コジョカルの踊りが大好きで、子供の頃からYouTubeで観ていたから。それに、ENBはとても公演数が多いからというのもあります。私たちの仕事は、舞台で踊ること。有名なバレエ団に入っても、何年もたいして踊る役がつかない人も大勢います。そんな風にはなりたくなかったんです。ENBも大きなカンパニーですが、私はいろいろなことをやらせてもらっています。タマラから入団して欲しいと言われたときには、あまりにもうれしくて、彼女の目の前で泣いてしまったんですよ。 

今はどんな作品に取り組んでいますか?

新しいトリプルビルのための、私にとって初めてのフォーサイス作品となる『イン・ザ・ミドル・サムホワット・エレヴェイテッド』です。これを踊るのは夢だったので、とてもうれしい。すでにフォーサイスのスタイルに馴染んでいる団員も多いので、初めての私たちはついていくのがたいへんです。リハーサルで集中して観察して、YouTubeでも研究してとハードですが、とても楽しんでいます。(訳:長野由紀)